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「祖国という名の異文化」。

 千葉マリーンズのイ・スンヨプ選手は、おもったような成績をのこせていないようだ。韓国プロ野球をせおって、というふうにみられているだけに、つらいものがあるだろう。 
 韓国プロ野球がはじまったのは一九八二年だが、その翌年、日本から、五人のプロ野球経験者が海をわたった。かれらの共通点は、「在日コリアン」――ただし、韓国の文化もことばも、ほとんど身につけていない――だった。

 『海峡を越えたホームラン』(双葉文庫/関川夏央著)
を読んだ。韓国ブームだというので、読んでみようか、というわけ。一九八四年に単行本が出た本で、講談社ノンフィクション賞をとっている一冊。

 ヘテ・タイガースに入団した金戊宗(木本茂美、元広島カープ)は、なれない韓国について、このようなことをいっている。
 「ここが祖国かと思うかですって?そう思わなければいけないと思っています。もちろん日本でもないですね。どこが祖国かといわれたら、どこだろうと考えます。しいていえば、日本海です。こっちでもあっちでもない、ちょうどその中間。それが正直な気持ちかも知れません。」

 日本では芽がでなかったり、すでに選手としてのピークをすぎていたかれらにしても、稼ぐということだけでいえば、当時の韓国行きはけっして有利なものではない。しかもまだ二年目、まるで未整備のプロ野球。それでもかれらが韓国行きを決意したのには、在日コリアンとしてのなにかがあってのことだ。
 
 ただし、かれらにとって韓国「行き」とは、日本へ「帰る」ということを前提にしたものでもあった。かれらは「日本文化」人である「在日コリアン」なのだ。カルチャーギャップにかれらが悩まされるのも、当然なのだろう。それはつまり「祖国という名の異文化」。
 もちろん、祖国のことば・文化に親しんでいる在日韓国・朝鮮人はおおいわけで、それぞれで、まったく事情はちがうけれど。

 張明夫(福士明夫、元広島カープ)が、一年目にあげた勝ち星は、じつに三十。そのかれが、数年後、どのような境遇になったか(一九九七年までフォローしている)。翌年韓国にわたり活躍した金日融(新浦寿夫)のその後とくらべると、ふくざつなものがある。ふたりをわけたものは、なんだったろうか。

 韓国を見つめることは、けっきょく日本を見つめることにつながる。国とか、祖国とか、日本人、韓国人、だというようなことは、いったいなんなのだろう。
 ぼくのまわりにも、おおくの在日韓国・朝鮮人がいるが、読書中、ふとかれらの顔がうかんだ。なんともふしぎな気持ちがした。なぜぼくは日本人で、それはどういういみなのだろうか。
by taikutuotoko | 2004-08-18 15:27 | 本・雑誌・新聞・書店


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