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お墓がない。

 雪国、といってもまだ大して積もってはいない新潟からトンネルをぬけて東京に戻る。法事をすませていつもの高速バス。

 実家のことで気に入ってることを挙げよと言われれば、墓がない、これだ。寺は浄土真宗なのだが、ここは墓地というものがない。かわりに合同の納骨堂があって、ひと家族と親戚一同が入ってお参りできる程度の広さ。焼香台の奥に祭壇があり、その裏に回ると扉のむこうに井戸のような大きな穴がある。

 とくに信仰心はないが、この寺のことは子供のころから気に入っていた。御院主のソフトで響きのいい声もよかったが、寺風とでもいうのか、むりのない進んだ感じがあって、信心とは別に納得のいくところが多かった(小学生のころ、そう思った)。“若”も二枚目で美声で勉強家にみえる。

 墓地がない理由は知らない。亡くなったあとも現世の地位や経済力が反映された墓におさまる、ということをよくないとでも考えたのか。まぁそういう理屈はどうでもよくて、個々の墓がない、というのが昔から好みであった。こういう納骨堂方式の比率というのはどのくらいのものなんでしょ。

 坊さんのお経がおわると、一族が列をつくり、交代で骨壷から遺骨を穴に撒いていく。コンクリートで固めていない土の穴だから、時期によっては水が入りこんでくる。だから「そのときそのときで音がちがいますよ」とのこと。穴は暗くてよく見えないが、骨壷を傾けるとサラサラのあとにボチャポチャという音がつづいた。「穴に、落ちないようにね」。みな、穴が気になって覗き込むので院主が声をかけるのがおかしい。「落ちたひとはいるんですか?」、そう訊いてみればよかったな。

 納骨堂はいつでも中に入ってお参りできるようになっている。お盆などになると他の檀家もみなこの御堂に線香をあげにくるわけで、同級生を見かけることも多かった。アイツの先祖もうちの先祖もおなじ穴の仲間かと思うと妙におかしかった。女子の場合にはまた違った感慨があったりですね。

 
 それにしてもアレだ。「ねぇ、お祖父ちゃんの位牌がないのよ。お祖母ちゃんボケて捨てちゃったみたい」って問題ありすぎでしょ!

 
 『ゆっくりさよならをとなえる』(新潮文庫/川上弘美著)
 『書物』(岩波文庫/森銑三・柴田宵曲著)
を読んだ。『ゆっくりさよならをとなえる』は年の暮れにコタツにでもはいりながら読むのに最適のエッセイね。「ブックオフ」で数冊買い、Tポイントカードもつくる。
 「40代病人夫婦のギリギリ日記@大田区西馬込(旧・腰痛日記@川崎追分町)」スゴイねー 『山椒魚戦争』などの翻訳者・栗栖継の講演「私はなぜ、どのようにしてチェコ文学者になったか」には、へぇぇ~!

 妹の貯金はぼくの八〇倍ほどあるらしい。さよけ。
by taikutuotoko | 2007-12-09 23:08 | 番外


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