はやめのお帰りだったもので江古田に寄る。
「根元書房」の武蔵大前店では
『かくかく私価時価 無資本主義商品論1997-2003』(BNN/小田嶋隆著)
『世界音痴』(小学館/穂村弘著)
『ラヂオブロス』(バジリコ/川野将一著)
『時さえ忘れて』(グラフ社/虫明亜呂無著)
『「たま」という船に乗っていた』(ぴあ/石川浩司著)
『水道橋博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて風俗とAVを愛するようになったか。』(青心社/水道橋博士著)
を買う。各一〇〇円。
「ブックオフ」では
『箸と風呂敷と猫』(廣済堂出版/林佳恵著)
を買う。一〇五円。
昨夜から
『脇役本 ふるほんに読むバイプレーヤーたち』(右文書院/濱田研吾著)
を読みだす。なるほどぉ、おもしろい。ぼくは役者に疎いのだが、問題なかった。
『Graph TEPCO』(九月号)でも「書肆アクセス」オススメの一冊になっていたぞ。
本書とは直接的には関係ナイ話だが、テレビ時代劇のこと。
ぼくが幼稚園か小学の低学年そこら、ようするに子供ンとき。衣料品売場に連れられていくと、「穴のあいたズボン買って!穴のあいたズボン!」と叫んで母を困らせたらしい。「穴のあいたズボン」とはベルト通しのあるズボン、の意味で、ぼくはそこに玩具の日本刀を差したかったのだ。
祖父とテレビ時代劇の再放送を見るのが好きで、とくに(善悪かまわず)浪人には憧れた。黄門さまにもお奉行さまにも与力・同心にも関心はなかった。敵側の用心棒が格好よく、玩具の刀を構えると、その気になった。傘はり浪人にも憧れたように思う。木刀を買ってもらったときは、ビンボウで真剣を売り払った素寒貧な浪人気分を味わっていた。
武田泰淳著『目まいのする散歩』を読んだばかりだったので、武田百合子著『犬が星見た』を読もう、と思ったのだけど、まてよ、もしかするとこれは持っていないかもしれない。文庫を持っているような気もする。いや、ないような。うそ、たしか持っている……。
どっちにしろ、探すのがメンドウだ。こんど「ジュンク堂書店」に行ったときに買ってもいいのだが、ほしい新刊も多いしナァ。そっかぁ、こういうときに図書館なのか。でも、おもしろかったら手元に置きたくなるのだよなぁ。そこが困る。