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愉悦も含む苦労話。

 〈無類の本好き49氏の文章を読んで分かったことは、予想通り「本整理術」に妙案などないということだった。〉とは、編者の安原さん。

 『私の「本」整理術 リテレール・ブックス⑧』(メタローグ/安原顯編)
を読んだ。一〇月発売の文春新書『随筆 本が崩れる』(草森紳一著)のタイトルを見て、そういえば、と読み出したのだったが。
 編者が妙案はなかった、というのだもの、実用的にはこんなもの読んだってムダ。それでも一冊の本になるっていうのは、これが、(本好きにとっては)愉悦も含む苦労話、だからか。

 以下、名言(?)集。
 
 〈私はもう匙を投げてゐる。本の中で暮す覚悟は決めた。御意見無用、本の処理に理想案などない。あり得ない。出版社の存在する限り、作者のゐる限り、すべては空論・虚辞である。もういい。放っておいてくれと心の中で怒鳴ってゐる次第。〉 (塚本邦雄)

 〈いま、これを仏語仏文学会の休憩室で書き終えようとしている傍を安藤元雄さんが通って、「本というものは本来、整理などできぬものである」と言って去られた。〉 (天沢退二郎)

 〈本など、しょせんは無駄なものだ。持つ必要はないし、読む必要もない。その無駄を承知で読み、所有しているのだから、整理したいとか、それ以上のことを考えるのは贅沢というものである。本の整理に悩むのは、それらの本を買った自分がいけないのであり、誰の責任でもない。本があふれるのが嫌ならば、買わなければいいのである。おいしいからといって、好きなものをたくさん食べて、あとで腹が痛いと言っているようなものではないか。そりゃあ贅沢というものだ。〉 (目黒考二)

 〈要するに整理は、最後には病とか死とかいう言葉で語るしかない狂妄の世界に接する、或る種の人種の生得の致命的欠陥、有体にいえば、業である。〉 (高山宏)

 〈もちろん、床という床には本がうずたかく積みあげられ、次男は数百万円もする一五十年前のジャイアント・フォリオ判の古書の上でメンコをしていた。残された空間といったら、あとは天井しかない。私はときどき天井を見つめながら、なんとか限定的に無重力状態をつくりだして、天井に本を置く方法はないものかと夢想した。〉 (鹿島茂)

 〈ながらく親のスネをかじりつづけ、いよいよスネをかじりきって家を出なければならなくなったとき、父はダンボール箱に本を詰めているぼくに向って「本好きの人生はカタツムリといっしょだ。本をかかえて重みにつぶされ動けなくなるのだ」というようなことをいった。〉 (松枝到)

 〈うまく言えないのですが、読むべき専門書や論文、記事その他の新刊目録や雑誌の索引などから整然と拾い出していくような手続きの上にそれら雑本は増えていくものではなく、自分の内側にモヤモヤしている漠然とした関心の広がりの中にいくつかの問いや焦点みたいなものがあって、まさに勝手に増えてゆくかのように思える雑本たちというのは、それらのまわりに何となく凝集したりするようなものです。〉 (大月隆寛)

 
 お金に余裕のあるひとは、増える本に負けないスペースを確保しつづければよい。そんなお金のないひとは、本を買わない、売る、捨てる、あげる。結局はそれしかないが、それが出来たら苦労はしないよって話なんでしょうねぇ。


 南陀楼さんのブログで知った「往来堂 店長日誌」をリンクに追加。 

 「はほへほ旅日記・書物日誌」の、一七、一八、一九日の記事「城下町津山、古本屋めぐり」がおもしろいぞ。
by taikutuotoko | 2005-09-23 03:25 | 本・雑誌・新聞・書店


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