ま、これもひとつの読書のたのしみ。

 桜、きれいだねぇ。

 『鞄の中身』(講談社文庫/吉行淳之介著)
を読んだ。

 いま、読んでいる本がいろいろありすぎて、わけがわからない。枕元には本田靖春『我、拗ね者として生涯を閉ず』、机上には林達夫・久野収『思想のドラマトゥルギー』、鞄の中には佐野洋『推理日記Ⅰ』と日本書評協会『書物愛 蔵書票の世界』。

 で、ブログ特集の『ユリイカ』、(山口昌男『「挫折」の昭和史』の流れで)多川精一『戦争のグラフィズム』三神真彦『わがままいっぱい名取洋之助』、(吉村平吉さんの流れで)色川武大『あちゃらかぱいッ』などを、つぎに読もうと積んであるのだけど、あしたのお供本は北原尚彦『奇天烈!古本漂流記』になりそうな予感がする。あッ、永江朗『メディア異人列伝』も読まねば。う~む。

 三日先、どころか、あした読む本すら、この時間にはまだ決まっていない。なにかの必要にせまられての読書ではないので、思いつきにまかせているだけなのだ。寝る前に決めておいた本があっても、朝になったら別の本を鞄に詰め替えることだってよくある。
 いまだって、夏目房之介『消えた魔球』の背表紙がトツゼン目に入ってきてしまい、読みたくなってしまっているのだが。

 関心の流れに乗っかって、つぎつぎと読む本がきまっていくときは愉しい。でも、その流れを無視するように、関係のないエッセイ集や短篇小説集を割り込ませるのも、じつに快感だ。

 ネタがないのでグダグダと書いてきたが、ぼく、なにが言いたいんでしょうね。ようするに、積読本がいっぱいあるのは愉しいな、ってことなのかな。
[PR]
by taikutuotoko | 2005-04-07 22:09 | 本・雑誌・新聞・書店


<< プロっぽさが欲しい、「本屋大賞」。 また「はてな」だぁ(追記)。 >>