「隆慶一郎」って名は。

 あれ、隆慶一郎にこんな小説あったっけ、と手にとった本が、峰隆一郎。そんな経験ないですかね。

 「隆慶一郎」という筆名は、こんなふうについたのだそうだ。
 
 浅草の串揚げ屋で、友人とどんな名前がいいかとアレコレ相談していると、姓名判断をやるというおかみさんが、かんがえてやると言ってきた。
 〈酒の席のことである。飲み屋のくい物はたいがいおまかせなんだから、名前もおまかせでゆこう、ということになった。〉
 〈それっきり忘れていたら、或日、電話がかかって来て、隆慶一郎でどうだという。奇しくも隆は恩師辰野隆先生のお名前である。即座に気に入って、一応女房に見せてから出版社にしらせた。女房は馬鹿々々しそうな顔をしていた。〉

 『時代小説の愉しみ』(講談社文庫/隆慶一郎著)
をいま読みおえたところだが、そのなかの「ペンネームの由来」に出ていたはなしだ。

 「編集者の頃」というエッセイが興味ふかい。

 恩師辰野隆が東大を退官することになり、その最終講義で、弟子代表の小林秀雄が祝辞を述べたさいのエピソードは、「失われたスピーチ」として有名だそうだが、ぼくははじめて知った。ま、それはいいとして。

 〈「先生のところで働きたいんですが……」〉
と、そのあとのパーティーで、隆さんは小林秀雄に申し出る。小林は創元社の重役だった。
 〈「いいよ。明日からおいで」〉
   
 〈奇妙な出版社だった、と今になってつくづくと思う。自分たちが面白いと思う本は絶対に売れる筈だ。固くそう信じた面々が本を出している出版社である。しかもそう信じているのが小林秀雄、河上徹太郎、青山二郎と来ては、これが営利団体であるわけがない。それは正に一個の塾だったと思う。〉

 この先のエピソードもじつにおもしろい。気になるひとは、本書を読んでください。

 百閒の『東京焼盡』(中公文庫)、やっと一四二ページ。しかし、一三六ページ、五月三日に異変が。
 〈出社の道中、自動車に乗る事もなくなりて巳に久しきに、なほ毎日省線電車にて、とことわるのはただ筆の先の癖である。もうよさうかと思ふ。〉

 あらら、よしてしまったか。あれがなんともおかしかったのにな。  
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by taikutuotoko | 2004-12-20 01:53 | 本・雑誌・新聞・書店


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