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「マノクワリ歌舞伎座」。

 タイトルも知らない本だったけれど、加東さんといえば姉・沢村貞子さんの
 『貝のうた』(新潮文庫)
はいい本だったからなぁ、と、内容を確認もせずに買ったものなんだけど……読んでよかったァ。

 『南の島に雪が降る』(知恵の森文庫/加東大介著)
を読んだ。この文庫版は、ことし八月、出たばかり。いぜんはちくま文庫だったみたい。

 芝居一家にうまれ、俳優をしていた加東さん(当時の芸名は市川莚司。ちなみに長門裕之・津川雅彦は甥)も二度目の召集。向かった先は西部ニューギニアのマノクワリ。ほとんど戦闘はないかわりに、栄養失調とマラリアでつぎつぎと兵士たちは倒れていく。そんななか、士気を鼓舞せんと編成されたのが、加東さんを中心とした演芸分隊だった。

 兵士のなかから、加東さんにスカウトされたり、オーディション(とはいわないか)で採用された顔ぶれは、長唄師匠、スペイン舞踊の振付師、コロムビア所属の歌手、実家がカツラ屋の会社員、ニセ有名役者、仁輪加の得意な僧侶……などなど。いい人材がぞくぞく登場、こう御期待。
 みんなじつにキャラが立っていて、だんだん仲間がふえていき見せ場をつくるところは、映画みたいなおもしろさ。

 女形への熱狂のようすをつたえる数々のエピソードも、なんともおかしいのだが、それは胸を締めつけられるようなせつないおかしさで、文字通り必死だ。
 
 島の兵士たちの状態は、壮絶なものがあるわけで、かんたんにこの本を〈おもしろい〉だなんていうのは不謹慎かもしれない。
 だけど、加東さんの文章のおかげもあって、この本はおもしろい。必死におもしろい。
 
 死ととなり合わせの兵士たちが、月に一度めぐってくる演芸、「マノクワリ歌舞伎座」をどれほどたのしみにしていたことか。
 〈「娯楽じゃない。生活なんだよ。きみたちの芝居が、生きるためのカレンダーになっているんだ。」〉
といわれるような、兵士たちの唯一のよろこびの瞬間を提供するかれらの活躍のようすは、必死だけれども、たのしいものになるのが当然なのだ。
 
 絶望と闘うために、必死にたのしい瞬間をつくりあげるための、芸。かれらはそこで、よせあつめの芸を武器に、「戦争」を闘わず、「戦争」と闘っていたのだ。

 (〈「戦争」と闘っていた〉というのは、べつにかれらが、そこで反戦的な行動をとっていた、という意味ではありません。なにせ、士気を鼓舞するため、ですから。でも、「戦争」というもの(ということは、それを指揮していたものたち)がもたらしていた島の状況、あるいは「絶望」と闘っていた、という意味です。)
by taikutuotoko | 2004-10-11 23:41 | 本・雑誌・新聞・書店


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