上野さんというのは、大学で小熊さんのゼミ生だったそうだ。ん~、それとくらべて、ダメな学生だったぼくの、数時間ででっち上げたゼミ論をおもいだすと、冷や汗が。
『〈癒し〉のナショナリズム 草の根保守運動の実証研究』(慶応義塾大学出版会/小熊英二・上野陽子著)
を読んだ。
小熊さんによる「新しい歴史教科書をつくる会」とその一連の運動にたいしての分析と、上野さんによる「つくる会」の神奈川県支部(「史の会」)での実地調査がおさめられている。
「つくる会」とその教科書批判のものはいくつか読んだけれど、こういう「実証研究」ははじめて。いい本だねぇ。
「つくる会」のひとびと、または支持者たち、というのは、従来のいわゆる保守派とは、どうもちがうようだ(従来の保守派もいるけれど)。
「〈普通〉の市民たち―自らを〈普通〉と自己規定する人たち―」
による、草の根保守運動。それが、「つくる会」の運動の特徴だ(った)という。
かれらにとって〈普通〉でない、とされるものが、「左翼(サヨク)」、「朝日(新聞)」、それから「官僚」などなどである、というのは、かんたんに理解できる。おもしろいのは、参加者のなかの主婦が、上野さんに、
〈「(私たちは)奇妙な人たちの集まりに見えますか?」(不安そうに)〉
ときくようなところだ。じぶんたちは、「〈普通〉の感覚」にもとずいてやっているけれど、もしかしたら、外からはじぶんたちは「〈普通〉でない」とおもわれているかもしれない、というおそれをもっている、ということ。
ずいぶんと、みな、「ナイーブ」で「マジメ」なわけ。で、(かれらのいう)「〈普通〉の感覚」は、いわゆる「戦後民主主義」的なもののあり方への違和感を感じたところから、(結果的に)保守的な主張へと接近していく。ことばにできない「違和感」に、「保守」の枠組みがあたえられて、空白の部分をうめてしまう。また、レッテルをはられて批判されることによって、その通りになっていく。
とまぁ、ここではコンパクトにまとめられないので、気になるひとは読んでほしい。上野さんは、げんざいは金融機関にお勤めだそうだ。
(それにしても、〈普通〉ってことばは、こわいね。)