『日本リベラルと石橋湛山 いま政治が必要としていること』(講談社選書メチエ/田中秀征著)
を読んだ。著者は、げんざいは大学教授だが、元国会議員(自民→新自ク→自民→さきがけ)で、閣僚経験者。コメンテーターとしてときどきテレビにも出ている。著書多数。(ぼくは、田中さんの主張には、賛同できないこともおおいが、人間的興味がある。)
石橋湛山は、東洋経済新報でリベラルな論陣をはったジャーナリストで、戦後は政治家に転身、首相までつとめた。さいきんは湛山ブームなのか、おおくの関連書が刊行されている。こんな首相はなかなかいないだろう。政治家としての政策・主張には、異論もあろうが、そのプラグマチックな思想というものは、たいへん興味ふかい。
さいきんも小島直記さんによる評伝がでたばかりだが、半藤一利・佐高信・井出孫六といった著者のものが手軽。新書にも、姜克実という学者のものがある。学者によるものは、増田弘など、そのほか、多数。
『小国主義 日本の近代を読みなおす』(岩波新書/田中彰著)
は、湛山だけをあつかったものでないが、おすすめ。
なんといっても、湛山本人のものがいいだろう。
『石橋湛山評論集』(岩波文庫/石橋湛山著/松尾尊兌編)
は、ぼくの愛読書だ。主張すべてに肯くわけではないが、読むと元気が出るという、ふしぎな政治論集。これはかんたんに手にはいる。
『湛山回想』(岩波文庫/石橋湛山著)
という自叙伝もすこぶるおもしろいが、図書館・古本屋でどうぞ。
『湛山座談』(同時代ライブラリー/石橋湛山著)
は、『回想』ではあまりふれられていない政治家時代のことが語られている。
田中さんは、湛山と面識はないが、石田博英をはさんで、つながっており、「直系の弟子」を自認している。この本は、そういった立場からのもの。
田中さんは、たいへんリベラルな保守政治家だ(った)が、ここでいう「保守」というものは、右左などのものとはべつで、人間観や哲学によって立っているもの、というふうに理解されたい。また、この本で主張されていることも、田中さんや湛山が、しっかりと民主政治を理解しているうえで、ということに注意しなければいけない。
この本のなかで、とくに注意して読まなければいけないのは、憲法についてだ。憲法に義務規定がすくない、うんぬん、というところ。
まず、憲法概念からいって、権力にたいする制限、それこそが憲法であるというのが、大前提。これが、最低限の常識。
湛山・田中は、これはしっかりと理解している(理解できていない政治家のなんとおおいことか)。かれらの主張は、真に民主主義であるならば、主権者である国民にはとうぜん責任と義務が生じる、保守政治とはそのことをしっかりと有権者にうったえ、理解をえて、実行されるものだ、という認識によっている。
これは正論中の正論だが、そんなことは政治家がみんな石橋湛山や田中秀征なら可能なのかもしれないが、じっさいの政治においては、その主張は、悪用される危険性は大だ。湛山にしろ、田中秀征にしろ、本人がりっぱすぎて、他に求めるものがおおきすぎるのだ。
政治は、倫理でなく、システムに頼らざるをえないのが、実情であり、かれらの役割は、そのうえで、なお、というものになる。システムをささえるものも、じつはその、なお、なのだが。
湛山は、いわゆる「右」からも「左」からも、利用することが可能な存在かもしれない。その危険はあるけれど、注目されていることじたいは、わるいことではないだろう。
追記: しまった!
田中秀征さんの、池袋ジュンク堂でのトークセッションに予約しておいたのだが、てっきり日曜日だとおもっていた。が、ほかのブログをみて気づいたんだけど、土曜日(きょう)だったのね。あーあ。