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さいごが「ムーンライダーズ」はちと困る。

 ちょっと、どうでもいいことを書くけど。

 『マイ・ラスト・ソング あなたは最後に何を聴きたいか』(文春文庫/久世光彦著)
を読んでいたとき、ふと消音にしてつけていたTVに目をやると、ムーンライダーズが演奏(「ビデオ・ボーイ」)しているところだった。NHKの「夢・音楽館」。

 さいしょから見たかったなぁ、と悔しかったけれど、もしこの世にサヨナラっていうときに聴くさいごの歌が、ムーンライダーズの
 「物は壊れる、人は死ぬ、三つ数えて、眼をつぶれ」(『青空百景』収録・一九八二年)
だったら、ちょっとこまっちゃうなぁ。どうかんがえても、安心してオサラバできないよ。

 『ムーンライダーズ詩集 Don’t trust over thirty』(新潮文庫/ムーンライダーズ著)
が欲しいけど、いぜん古本屋で見かけたときは、けっこういい値がついていて、買えなかった。

 また、べつのはなし。

 なんでも、ライブドアと楽天に差をつけるために野球機構側が目をつけたのは、ライブドアのアダルト系ブログあたりらしいじゃないの。エキサイトブログにはあんまりそういうのないみたいだけど、あちらでは凄いんだってね。しかし、ブログも、妙なところで注目されたもんだな、こりゃ。なぁにいってやがる、めちゃくちゃなはなしだ。
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by taikutuotoko | 2004-10-15 02:19 | 番外

最後に何を聴きたいか。

 『マイ・ラスト・ソング あなたは最後に何を聴きたいか』(文春文庫/久世光彦著)
を読んだ。タイトルどおり、この世におさらばするときに、さいごに聴きたい一曲は、というのをテーマに、歌とひとの思い出をつづったエッセイ集だ。歌謡曲、讃美歌、ジャズ、ロシア民謡……ジャンルではなく、時代に共通項がある。

 ジュリーの「時の過ぎゆくままに」というタイトルは、久世さんがつけたもので、映画『カサブランカ』の主題曲「As Time Goes By」からのいただきだという。久世さんの手がけたドラマの主題歌だ。
 若山富三郎さんが亡くなる二日まえ、クラブでさいごに歌った歌だと、久世さんは勝新さんから聞いた。となると、この世(あの世があるかは、ぼくはしらないが)でさいごに歌った歌、かもしれない。

 〈この歌とあの人の一生が、ぼんやりと重なって見える〉とおもいながらも、〈やっぱり若山さんが最後に聴きたかった歌は、他にあったような気がする〉と、久世さんはおもう。〈歌いたいということは、聴かせたいということで、つまりどこかに色気がある。死ぬそのときは、色気も何もあるまい〉と。では、聴きたい歌はなんだったろうか。そんなことをかんがえるという故人の送り方も、いいではないか。 

 久世さんの書くものは、まだ読みはじめたばかりだが、それについつい浸ってしまって、じぶんはこんなに感傷的な人間だったのかと、ちょいと恥ずかしい気もしてくる。久世さんの〈懐かしさ〉と、ぼくの〈懐かしさ〉なんて、まず、なんの共通したものもないはずなのに、〈懐かしい〉といわれると、もう懐かしくてしかたなくなる。“感傷”だなんてかっこうわるいよと、おもっていたころもあったはずなのにな(これも感傷か)。 
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by taikutuotoko | 2004-10-15 00:35 | 本・雑誌・新聞・書店

放送禁止歌。

 一三日の「朝日新聞」夕刊に
 「フォーク歌手 山平和彦さん ひき逃げ?死亡」
という訃報記事が載っている。ひき逃げだなんて、ゆるせねぇはなしだ。享年五二。

 山平さんは、七〇年代に活躍されたフォークシンガーで、七六年に引退していたが、〇一年活動再開していたという。これから紹介する本は、その活動再開のきっかけになったものだ。

 『放送禁止歌』(知恵の森文庫/森達也著)
の著者は、オウムのドキュメンタリー映画『A』『A2』でも有名な映画監督・ドキュメンタリー作家。著書も多数。

 山平さんには、『放送禁止歌』というレコードがあった。ファーストアルバム。同名の先行シングルは、「放送禁止」にされた。このアルバムも八曲中、三曲が規制にあっている。
 
 ところで、「放送禁止歌」って、なんだろうか。
 
 TVディレクターだった森さんは、「放送禁止歌」という規制についてのドキュメンタリーを企画する。番組づくりのなかで見えてきた、意外な事実。そして、問題の本質は……。
 この本は、かなり重い内容を含んでいる。山平さん追悼の意味もこめて、積極的にすすめたい一冊だ。(山平さんも登場します)
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by taikutuotoko | 2004-10-14 03:10 | 本・雑誌・新聞・書店

「今日の稗史として」。

 〈いつにかわらぬ人間の暮らしむきのなかに、犯罪は時代の刻印、または犠牲としてあらわれるのかもしれず。やや大仰ながら、そこに今日の民衆小史がある。それを私は書いているつもりでした。〉

 『犯罪専科』(河出文庫/小沢信男著)
を読んだ。六〇年代中盤~七〇年代中盤までの事件をとりあげた、じつに読ませる犯罪ドキュメント。古本屋でなら、よく見かけるはず。

 収められた十篇のなかでも印象的なのが、「フーテン・マコの短い華麗な生涯」。
 そのなかで、「喜願千人斬り―記録の記録」という小見出しのついた段がある。ここでは、本篇の主人公(被害者)であるマコが、生前、小沢昭一さんと対談したさいに
 「千人斬り―という言葉があるでしょう。もうあなたなんか近いんじゃないですか。」
と問われているのだが、小沢信男さんの近著は、この「千人斬り」だ。

 『悲願千人斬りの女』(筑摩書房/小沢信男著)
は、中条省平さんが、書評で
 〈一度読みはじめたらやめられないほど面白い。〉
と書いていたもので、いまもっとも気になる一冊。
 
 松の門三艸子という、芸者、花魁、そして歌人としても有名な女傑が、この表題作の主人公だそうだ。『犯罪専科』にも、ちらと出てくる。そのほか、木村荘平(木村荘八などの父)、芦原将軍、稲垣足穂が主人公の各篇も収められているというから、たまらないじゃないの。

 ん~、こうなったら我慢できない。オンライン書店に注文だしちゃったよ。 
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by taikutuotoko | 2004-10-14 01:38 | 本・雑誌・新聞・書店

読書ブログがいっぱい&「ゲラ」。

 『「文庫」だいすき。』というのを前々回書いて、いろんな文庫の名をあげたところ、見事に「中公文庫」をわすれている、というポカをやらかした。指摘してくれたのは、Izumiさん。

 Izumiさんのページ
 Love Booksをのぞいてみる。タイトルどおり、本についていろいろ書いてある。積読本の冊数なんて、ぼくは把握していないなぁ、とかおもいながら。

 おどろいたのは、そのなかにある巡回サイトのページだ。こいつはすごい。読書関係のブログを中心に、とてつもない数あつまっている。これはつかえそうだなぁ。

 「ゲラ」って、なんで「ゲラ」っていうのかな、という疑問をといてくれたのは
 本造りの水仁舎
の、一〇月一二日の書き込み、「氷解」。なるほどねぇ。
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by taikutuotoko | 2004-10-13 21:50 | リンク集

本が見つからない!

 いま、部屋が本でぐっちゃぐちゃ。どういうわけで、というのは長くなるので、ゆっくりいきましょう。帰りに、江古田に寄り道してきたのが、きっかけなんだけど。

 まず、ブックオフで
 『マイ・ラスト・ソング あなたは最後に何を聴きたいか』(文春文庫/久世光彦著)
 『みんな夢の中 続マイ・ラスト・ソング』(文春文庫/久世光彦著)
 『見た芝居・読んだ本』(文春文庫/戸板康二著)
を、あわせて七〇〇円で購入。

 つぎにはいった古本屋で本をえらんでいると、レジの方から聞こえてくる会話が、やたらとおもしろい。見てみると、ひげと服装がばっちりキマった初老(?)の男性客―あとでわかったのだが、すぐとなりにある大学の先生らしい―と、若い男性店員がはなしているところだった。ぼくは、ちかくの棚を見ながら聞き耳をたてることにした。

 荷風、鏡花、三島のはなしがおわってから、植草甚一のことになった。
 店員氏によると、「植草さんが亡くなってから、本はバラバラになったけれども、レコードはすべてタモリが譲り受けた」のだという。ほんとかね。高平哲郎の関係でかな。真偽のほどは、わからん。
 深沢七郎の今川焼屋「夢や」の包装紙が、いまやいい値がついている、なんてはなしも店員氏。ふうん。
 むかしの学生で、あやしげな出版物を出しては消えるやつがいて、ぼくもあやうく名前をつかわれそうになったよ、なんていうのは、先生氏。

 まだまだおわりそうもないが、いつまでも居られない。ふたりのはなしにつられて
 『植草甚一 ジャズ・エッセイ1』(河出文庫/植草甚一著)
 『ニューヨーク五番街物語』(集英社文庫/常盤新平著)
 『ニューヨーク大散歩』(新潮文庫/久保田二郎著)
 『独身者の科学』(河出文庫/伴田良輔著)
を、あわせて七〇〇円。植草さんの文庫本はあんまり見ない。三〇〇円だった。

 会計もおえたし、帰ろうか、とおもったら、先生氏が店員氏にこんなはなしをしだした。
 「大村っていうひとの『ぶんだんえいがし』っていう本がね……」
 「映画?」
 「栄えるの栄華。『文壇栄華史』っていう本なんだけど」

 「あの、その本て、大村彦次郎さんの『文壇栄華物語』ではないですか」
と、つい、ぼくは口を出してしまった。 
 「ん、そう。それです。あなた、読みました?」
 「いえ、でも、『文壇うたかた物語』なら」
 「ほんとですか、いや、じつは私、『うたかた』をさがしているんです」
 「なんなら、お貸しいたしましょうか」

 きけば、あと一時間ほどは店にいるという。ぼくの部屋まで歩いて片道二〇分もかからない。では、いま持ってきましょう、と約束して、ぼくはいそいで家に帰ってきた。

 ところが……必要な本は見つからない。そういうものだ。

 あの箱、この箱、いやこの下だろう、ない、ん~そうかアレだ、ない!だんだん汗もかいてくる。見つからない。部屋の中には本があふれてしまった。約束の時間はせまる。見あたらない。もうだめだ。
 とりあえず、古本屋に電話をかけ、時間に間に合わない旨をつたえ、見つけたらその店に預けておく、ということになった。

 どうしてないのだろう。ぼくは呆然と、本の海と化した部屋に立ち尽くしていた。と、目の前に、まだ確認していない、ちいさな箱があるのに気づいた。でも、これは文庫しかはいっていないハズだ。まさかね……とひらいてみると、あった!文庫ばかりをつめたところ、単行本一冊分の隙間ができ、そこにすっきり収められていたのだ。あぁ。

 さがしものは、いちばん近いところにあるが、気がつかない。そういうものだ。

 というわけで、本は店に届けてきた。いやはや、疲れた。これが、部屋ぐちゃぐちゃ事件の顛末である。


追記:『文壇うたかた物語』(筑摩書房)は、いまでも容易に入手可能です。おもしろいので、どうぞ。 
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by taikutuotoko | 2004-10-13 21:21 | 本・雑誌・新聞・書店

「文庫」だいすき。

 だれにでも、お気に入りの文庫というのがあるだろう。本棚にならんでいる文庫の種類をみるだけで、そのひとの趣味がだいたいわかってしまうものだ。
 
 ぼくの知り合いには、読書といえば「学研M文庫」専門、というやつがいて、かれとは本のはなしをしてもちっとも噛み合わない。ただし、ほかの文庫でも、松本清張だけは読むみたい。ははん。

 とにかく、本好きたちが、ヤレあの文庫はあーだこーだ、というはなしをはじめてしまったら、きっとみんな止まらなくなるだろうとおもう。いやほんと、止まらんよ。

 で、たとえばぼくが、池袋のジュンク堂書店の文庫フロアに行ったとして、まずは新刊コーナーをかるく流して、つぎに向かうの棚は、やっぱり「ちくま文庫」となる。本好きの支持率が高い文庫のひとつだ。もう、クラクラするね。背が、きいろ(?)で統一されているところがまた、いいんだな。
 「ちくま学芸文庫」と「講談社学術文庫」だと、だんぜん「学芸」のほうに好奇心がわくタイプだ。「学術」も、いいんだけど、あんた、地味だよ。

 で、それからいろんな文庫をみていくわけだけど、わかるだけ、文庫のなまえをあげていこう。いくつ思い出せるだろうか。

 「ハヤカワ文庫」だとか「創元推理文庫」の棚をじっくり見る、ということはほとんどないな。「PHP文庫」やら「知的生きかた文庫」もたまーにしか見ない。「日経ビジネス人文庫」なんて、一冊しか知らないし。
 
 やっぱり、こう、「岩波文庫」のまえを歩くときには、妙にキョーヨーの圧迫感があって、こころもち身体が縮んでしまう気がする。でも、それもいいんだよね。「岩波現代文庫」は好きだ。

 「新潮文庫」「角川文庫」「文春文庫」「朝日文庫」あたりだと、いい本はいっぱいあるけれど、わりと平常心でながめていられる。それこそ、「新潮OH!文庫」なんかの方が、新鮮な気分になったりして。あ、「講談社文庫」をわすれてた。ここはけっこうわすれてしまう。

 「集英社文庫」「徳間文庫」「小学館文庫」だとかの棚は、時間があるときに、じっくりとりくむと、愉しいものだ。街中で、「伊藤園」の自動販売機に出会ったような気持ち。それにしても、「小学館文庫」は安っぽい。「講談社+α文庫」、ムダに厚いな、あれ。
 「幻冬舎文庫」のばあい、どっちかというと、「アウトロー」の方に先に関心がいってしまうのはぼくだけじゃないでしょう。  

 「河出文庫」、いいねぇ。「扶桑社文庫」?たまに、だな。「王様文庫」なんてのもあったね。おっ、「ハルキ文庫」、なんだかおもしろそうだよね。あーっ、「双葉文庫」、ぼくは好きだよ。「春陽文庫」ね、まだ未体験。将来おせわになるのかも。「廣済堂文庫」は、勝新太郎の本がグゥ。

 「講談社文芸文庫」様、おてやわらかに。いや、文句はありません、応援しております。でもあの、おてやわらかに。

 「電撃文庫」…ようわからん。「富士見文庫」っていうの、なかったでしたっけ。なにも見ずに、記憶で書いているから、正確にはわからない。「ザ・テレビジョン文庫」っていうの、大川慶次郎さんのをもっている。

 そうそう、この店だったら、自由価格本コーナーにある「現代教養文庫」をわすれちゃいけませんな。なかなか買えません。(「旺文社文庫」「福武文庫」だとかの、もうここでは買えないものは、除外させてもらいます。)
 「光文社文庫」は、けっこうキテる。「知恵の森文庫」には妙に期待しちゃうんだよね。「新風舎文庫」もやりおるからな。

 えーと、あとどんなんあったかなー、とかんがえて、というより、なぜ延々とこんなことを書いてきたか、というと。
 「えい文庫」が気になるんだよね。「えい」っていう漢字が出ないけれど。カメラやらバイクやら、べつにぼくの趣味ではないのだけど、たのしそうな雰囲気をかもし出していて、いいなぁ、とおもわせる文庫だ。ぼくはまだ二、三冊しかもっていないけれど。

 ん~、あとは…ちょっと浮かばないなぁ。あ、「宝島社文庫」と「二見文庫」。それから………・・・・・ ・  ・   ・    ・      ・        ・          ・            ・
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by taikutuotoko | 2004-10-13 02:36 | 本・雑誌・新聞・書店

むかーしの、漫才。

 いま、カセットテープの整理をしていたのだけど、ちょっと気になるのがでてきた。ラジオを録音したものなんだけど、番組名も放送日時も書いてないのがイタイな。

 ぼくの記憶では、NHKラジオの漫才特集で、アナウンサーと澤田隆治さんが、むかしの漫才の録音テープを聴くっていうやつだとおもう。こまったことに、録音してあるのは漫才の部分だけで、澤田さん(だったはず)の解説の部分は(テープの尺の関係で)カットしてある。もったいないことをした。

 エンタツ・アチャコ、ダイマル・ラケット、秋田Aスケ・Bスケ……なんていう顔ぶれがならぶなかで、ぼくが気にいったのは、リーガル千太・万吉の、「やきとり」っていうネタ。まぁ、おもしろいかどうかはさておき、口調というかテンポがタマラナイや。
 リーガルっていう屋号(?)は、ほかにもいたよね。天才・秀才(天才はケーシー高峰の師匠)。千太・万吉さんの弟子だろうか。こう古くなると、ようわからん。
 
 とにかく、もっとこのひとたちについて知りたいけれど、なにかいい本はないかな。

 ぼくにも、すこしは覚えがあって、たしか立川談志さんの本をかるく立ち読みしたときに、目次にその名があるのを見たような気がする。なんて本だったかな、文庫ではないのはたしかだ。

 この放送をさいしょに聴いてから、ぼくが口癖のようにつかっていた
 「やりきれきれないわ」
ってギャグ。どうやら、あずまごくどう・まつばちょうこ、っていうコンビのものだった。ネットに検索かけてみたら、東五九童・松葉蝶子と書くみたいだ。どうも、長いことつかわせてもらっています。

 追記:ネットで調べてみたけれど、地下鉄漫才の春日三球もリーガル千太・万吉の弟子なんだそうだ。ほほう。
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by taikutuotoko | 2004-10-12 20:32 | 番外

ぶらり、したいなぁ。

 帰りに、ブックオフへ寄ってきた。

 『東京旅行記』(知恵の森文庫/嵐山光太郎著)
が三五〇円。
 『東京サイテー生活 家賃2万円以下の人々』(太田出版/大泉実成著)
が一〇五円。きょうはこれだけ。

 ぼくも散歩はだいすきだけど、どうもさいきんは近場ですませてばかり。いかんいかん、嵐山さんをみならって、ぶらりぶらりやんなきゃな。もうすぐ坂崎重盛さんの本も出るはずだし。

 歩くのはな、というひとは
 『大東京バス案内』(講談社文庫/泉麻人著)
あたりを読んで、いろいろまわるのもわるくないよ。一日乗車券なら安いものだし。
 
 ちなみに、『東京サイテー生活』の方は、『フロム・エー』で連載していたものだそうだ。なるほどね。『東京旅行記』は、『ダカーポ』。
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by taikutuotoko | 2004-10-12 19:37 | 本・雑誌・新聞・書店

袋とじなんて、きらいだ。

 まぁ、こう、写真週刊誌だとか、オッサン的な週刊誌を買ってくるとですね、だいたい、「袋とじ」ってやつが、あるわけですな。内容は、たいてい、助平なやつの。ええ。

 アレが、ぼくは、ゆるせんね。

 いや、べつに、助平なものが嫌いだなんて、そんなことをいうつもりはまったくないのですよ。そんなばかなことはない。

 たとえば、何人か仲間がまわりにいて、そいつらと、ノリで開いちゃったりするのは、モンダイはないのです。どうせつまらないものだ。

 ここでいいたいのは、ひとり暮らしの男がだ、夜中に立ち寄ったコンビニで、読み捨て気分で週刊誌を買ったとしよう。部屋につき、雑誌をポンと机になげて、缶ビールをプシュと開ける。
 つまみがわりに雑誌ひらいて読んでみりゃ、どうせクダラン世間の噂、へえへえヨン様よござんした、責任とらないオエライサン、責任しらない小泉総理、日替わりメニューの殺人事件、馬だ金だ女子アナだ、おっと女子アナ、ここだけはじっくり見る。とかなんとかやってですよ、やってきました袋とじ。きやがったな、こんちくしょうメ。

 なんだかこう、ばかにされたような感じがしませんか、あれ。

 ぼくは、ぜったいにあんなもんひらきません。横から丸めてのぞいたりもしません。こっちも意地だ。いくら女子アナ特集でフジの梅津さんが中で待っていようとも、ぼかぁ泣いて我慢する。じっと我慢の子であった、ですぞ。

 で、そんな大きらいな袋とじだけど、先日、書店でみかけた袋とじはおもしろかった。
 『呪文字』(光文社文庫/倉阪鬼一郎著)
という文庫本なんだけど、内容はわからない。でも、本の後半部分が、袋とじみたいになっているわけ。かわった趣向だなぁ、と。いままでこういう文庫本はあったのかしらん。

 しかし、なんだか一発芸みたいな本だな。古本屋には売れないか。 
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by taikutuotoko | 2004-10-12 00:49 | 本・雑誌・新聞・書店