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その名はリリー・フランキー。

 なんの本だったかおぼえていないんだけど、不勉強な書店の例として(だったかな?)、リリー・フランキーさんの本が外国人著者のコーナーにはいっていた、ていうのを読んだ記憶がある。
 うーん、ちょっと、ひどいなぁ。書店員さんも、しらないのだったら著者紹介くらい見ればいいのに、とおもうけれど、いそがしくて無理だったりするんだろうか。

 『美女と野球』(河出書房新社/リリー・フランキー著)
を読んだ。やっぱりおもしろかったんだけど、こういう本について書くのってむずかしいねぇ。リリーさんの初期のエッセイということで、気になるひとはどうぞ読んでください。いいですから。

 なにかひとつ書いておくとすると、まえがきに出てくる
 「だらしないサービス精神と中途半端な正義感。」
ていうの、すきだなぁ。

 雑誌はべつにして、リリーさんの本ではこのほかに
 『日本のみなさんさようなら』(文春文庫PLUS)
くらいしか読んだことがないんだけど、これは邦画についてのコラム。邦画なんかしらないよ、ってひとにも、いやそんなひとにこそ、おすすめ。

 きょう買った本は、ブックオフ(池袋要町店)で
 『プロ野球の友』(新潮文庫/玉木正之著)
を三〇〇円で。
 玉木さんの本では、図書館で読んだことのある
 『プロ野球大事典』(新潮文庫)
が、とってもいい本なのでさがしているんだけど、どうも見つからないんだ。おなじスポーツ改革派でも、二宮清純より玉木さんの方が、ぜったいおもしろいぞ。 
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by taikutuotoko | 2004-08-30 22:36 | 本・雑誌・新聞・書店

続・植草さんの愉しい日記。

 J・J氏、六十六歳で、はじめてのニューヨークだ。きょうも本、あしたも本……いいなぁ。

 『植草甚一コラージュ日記② [ニューヨーク1974]』(平凡社/植草甚一著/瀬戸俊一編)
を読んだ。午前中に読んだ『①』の東京篇よりも、時間的にはまえの日記になる。

 ニューヨークでも、本や雑貨を買いまくる植草さんだけど、それらは、夫人や友人知人にプレゼントすることを愉しみにして、というばあいもとってもおおい。
 マルクス兄弟プリントTシャツを見つけたときには、中原弓彦(小林信彦)さんにプレゼントしようと買っているし、虫明亜呂無さんには、新刊のスポーツ小説だ。

 植草さんが買い物をしていると、店のひとの方が、植草さんに興味をもってしまう、ということを、室矢憲治さんが書いている文章も載っていて、おもしろい。どこでもJ・J氏は人気者だなぁ。

 片岡義男さんは、ここに収録されている
 「一九六三年、植草さんは目立っていた」
というエッセイのなかで、イエナ洋書店のまえで立ち読みしている植草さんを、まだつきあいのないころの片岡さんが目撃したときのことの印象を、こう書いている。

 「このときの植草さんは、五〇歳を越えていたと僕は思う。ひとりの江戸っ子日本男性の身の上における、ヨーロッパの影響の濃い、趣味的な前衛というもののありかたの、際立った一例として僕は植草さんをとらえ、そのとおりの感銘を受けた。」

 江戸っ子の趣味人の系譜が、植草さんにつながっている、ということは、よくいわれている。それは小林信彦さんもそうかもしれない。日本文化のあるひとつの洗練における、外国文化の受容と、さらなるオリジナリティの確立の好例として、かれらを見ていくことは、とっても興味ふかいことだとおもう。 
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by taikutuotoko | 2004-08-29 21:11 | 本・雑誌・新聞・書店

うまれかわる「水道タンク」。

 泉麻人さんの本をよく読んでいるひとなら、板橋区大谷口の「水道タンク」っていう名前におぼえがあるんじゃないかな。ぼくの住んでいるところから、けっこう近いんだけど。

 きょうの朝日新聞に、その「水道タンク」とよばれるドーム形の給水塔についての記事が載っていた。
 老朽化によりすでに使用停止となっているのだけど、いよいよ危険だというので、ついにとりこわし、あらたな給水施設をたてることになったのだという。

 ところが、この「水道タンク」は、一九三一年から地域のひとたちに親しまれてきたため、とりこわしを惜しむ声がおおくあがったらしい。なかなか立派な姿をしているからねぇ。
 
 で、都水道局は、この声にこたえて、あらたな給水施設の計画を、現在のデザインを踏襲した給水塔とするようにと、計画変更したということだ。資料集までつくったらしい。

 泉さんの本で存在だけはしっていたぼくが、この近くに引っ越してきて、はじめて「水道タンク」の姿をみたときは、なんだかうれしかったことをおぼえているよ。もういちど、ちゃんと見ておこうっと。 
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by taikutuotoko | 2004-08-29 15:39 | 本・雑誌・新聞・書店

植草さんの愉しい日記。

 ひさしぶりに江古田のブックオフにいこう、とおもっていたのに、そとはあいにくの雨なのであきらめる。だって寒いんだもン。

 さいきん買った、『音タイム』(ハナレグミ)というアルバムが、日曜日にはぴったりだから、それを聴きながら読書だな。「家族の風景」っていう曲が、お気に入り。

 本を買えないのがざんねんなので、読書で、買ったつもりになろうと
 『植草甚一コラージュ日記① [東京1976]』(平凡社/植草甚一著/瀬戸俊一編)
を読んだ。J・J氏は、まいにちのようにたくさんの本を買っていて、うらやましい。

 これは、植草全集である
 『植草甚一スクラップ・ブック』(晶文社)
にはさむ月報として書かれた、コラージュたくさんのペン書き日記の一部をまとめたもの。とにかくいろんなペンをつかって書いているので、そのペン字の味わいだけでも、なんとも愉しい。もうすぐ復刊される『スクラップ・ブック』にも、ちゃんとつくそうだ。ぼくはオリジナルのは、一冊だけもっているけど。

 たくさんの本や雑貨を散歩しながら買い、コーヒーを飲み、本を読み、ジャズを聴き、映画をみて、原稿を書く。まいにちがそうで、もうそればかりなんだけど、愉しい日記なんだ。これは月報用の日記だけど、プライベートの日記には、切り抜きやレシートなど、いろんなものがはりつけてあるんだって。

 揺れるバスのなかで、揺れにまかせてブルブルの線のイラストを書き、それを日記にくみあわせてあるのが、じつにおもしろい。ニューヨークにいくために、銀行へいくらたまっているかを気にするところとか、印税がいくらはいってきたか、なんかも書いてある。

 高平哲郎さんのエッセイも掲載されているんだけど、植草さんから
 「したくないことをしない自由」
 「リラックスして生きる」
ということを教わったと、書いているのが、印象的だった。

 だけどなぁ、よけいに本を買いにいきたくなっちゃったなぁ。 
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by taikutuotoko | 2004-08-29 13:04 | 本・雑誌・新聞・書店

ちょっと、買えない。

 松岡正剛の千夜千冊が本になって出版されるというので、興味があったのだけれど、価格をみると、ぼくにはちょっと、買うのは無理みたいだ。

 刊行予定は来年一月。予約特価で、一セット(本編が七冊に、総索引がつく予定らしい)が、六六一五〇円(本体六三〇〇〇円)だという。ちょっと、手がでない。いままでどうり、ネット上で読むしかないな。ざんねん。

 安い本ばかり買っていて、どうも、高額な本には縁がない。個人全集だって、ちくま文庫とかの文庫版全集ならあつめたいけど、函入りだったりするふつうの全集は、置き場にもこまるし、つかい勝手がわるそうで、あつめたことはないんだよね。
 
 復刊される晶文社の
 『植草甚一スクラップ・ブック』(全四〇巻・別巻一)
は、買い揃えたいとおもっているけど、こちらは一冊が税込一四七〇円だからな。それでも六〇二七〇円になるのか、うわぁ。
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by taikutuotoko | 2004-08-29 08:49 | 本・雑誌・新聞・書店

栞もブックガイド。

 『アジアの歩き方』(ちくま文庫/鶴見良行著)
にはさまっていた筑摩書房の栞に、いまさらながら感心してしまった。

 おもて(?)には、なんだかみょうな人間(ピエロ?)の絵がかいてある、まぁ、ちくま文庫らしいデザインなのだけれど、ぼくが感心したのは、うら(?)の方だ。

 「・・・うろうろ歩き回ってみました・・・」
という一文の下に、筑摩書房の、それにかんけいあるような本が八冊、あげられている。ほかにもこういうのは、筑摩書房の栞にはおおい。いや、これは、うれしいもんだよ。

 せっかくだから、すべてあげてみよう。
 『沈思彷徨』(藤原新也著)
 『徘徊老人の夏』(種村季弘著)
 『煙突やニワトリ』(武田花著)
 『熱い焙じ茶』(常盤新平著)
 『なんくるぐらし』(照屋林賢著)
 『私説東京放浪記』(ちくま文庫/小林信彦著)
 『ヨーロッパぶらりぶらり』(ちくま文庫/山下清著)
 『妖怪天国』(ちくま文庫/水木しげる著)

 このなかでは、小林さんのしか、ぼくは読んだことないけれど、照屋林賢て「りんけんバンド」だよね。ちょいと、なつかしい。山下清さんの本は読んでみたいなぁ。
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by taikutuotoko | 2004-08-29 01:43 | 本・雑誌・新聞・書店

「実地を歩く調査者」。

 宮本常一さんから連想したら、鶴見良行さんが浮かんできた。といっても、不勉強なぼくは、まだ鶴見さんの著作を読んだことがなかったのだ。
 『バナナと日本人 フィリピン農園と食卓のあいだ』(岩波新書)
は、もっているけれど、未読のまま、未読用ダンボールのどこかにねむっている体たらくだもの。さがしたのだけど、ちょっと見つからなかった。

 だからきょう(日付はきのう)は、鶴見良行初体験として、さいきん買ったばかりの
 『アジアの歩き方』(ちくま文庫)
を読んだ。エッセイや講演録、書評、小学生への「授業・バナナと日本人」など、多彩な内容だ。一九八六年に単行本、九八年に文庫化されている。
 初体験の著者のばあい、代表作から読んだり、年代のはやいものから読むことがおおいけれど、こういう本からはいるのも、そのひとのいろいろな仕事が見渡せて、わるくない。

 「歩きながら学問を育てた人たちがいる。」
という書き出しではじまる「歩く学問」というエッセイでは、宮本常一のこともとりあげられていて、じぶんのところへ訪ねてくる若いひとには
 『忘れられた日本人』(岩波文庫)
をすすめているのだと書いている。
 もちろん、鶴見さん自身が、「歩きながら」、独自の「学問を育てた人」なのだろう。その業績をくわしくしらないのが、くやしい。やっぱり勉強しなきゃいかんね。
 
 『バナナと日本人』を読んだことのないぼくには、Ⅱ章「バナナの授業」が、とてもおもしろかった。こどもたちにとっても、すばらしい授業だったにちがいない。ほんと、わかりやすくて、おとなのぼくも、こんな授業なら、うけてみたいよ。
 小学生たちの、授業後の感想文まで収録されていて、これがまた、よかった。こどもというのは、単純で、らんぼうで、けっこう残酷で、やさしくて、勘がいいものだ。
 長谷部くんの
 「ぼくの生活は、やっぱりフィリピンのお百姓さんよりぜいたくです。朝ごはんの時から牛肉を食べている時もあります。」
っていうさいごの一文に、ちょっと頬がゆるんだ。うん、ぼくら、ぜいたくだな。

 『ナマコの眼』(ちくま学芸文庫)
という本も、いつか読んでみたいと気になっているけど、厚さに躊躇して、まだ買ってもいない。よーし、いつか、読むぞぉ。 
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by taikutuotoko | 2004-08-29 01:17 | 本・雑誌・新聞・書店

読書の星座をむすぶ。

 ノンフィクション作家の佐野眞一さんが、よい本とは、そして読書とは、ということについても語っているので、かんたんに紹介する。

 佐野さんにとって「よい本」とは、「解のない本」であり、「読みおえて顔をあげたとき、世界が一ミリだけでもかわって見える本」だという。

 「星ひとつでは星座をむすべない」のとおなじように、本も、「一冊では本とよべない」と、佐野さんはいう。だから、読書をつみかさねていくことは、「じぶんなりの星座をむすぶこと」なのだ。そのためには、たんに量を読めばいいというわけにはいかないだろう。

 たんに大量の本を読んでいる、ということだけでは、いみがないし、そんなことでは、大量に本は読めないはずだ。書評家としても活躍する永江朗さんの文章に魅力があるのは、つまり、永江さんのむすんだ(読書体験という)星座のかがやきが、ぼくたちをひきつけるからだろう。
 きょうは
 『狭くて小さいたのしい家』(原書房/永江朗、アトリエ・ワン著)
を買った。長さ五十メートルにもなるという本たちを収納するちいさな家「ガエ・ハウス」はどのように建てられたのか。気になるじゃないのさ。
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by taikutuotoko | 2004-08-28 21:10 | 本・雑誌・新聞・書店

「小文字の文芸」。

 きょうは、池袋・ジュンク堂書店でのトークセッションにいってきた。
 
 佐野眞一さんで、「昭和30年代を見直すことの意味」。
 『宮本常一の写真に読む 失われた昭和』(平凡社/佐野眞一著)
の、刊行記念だ。ぼくは先日、読んだばかり。

 民俗学者・宮本常一の十万点もの写真がおさめられた「周防大島文化交流センター」がこの五月にオープンしたことと、佐野さんの「気がつくと、ここまできてしまった」という時代認識が、この本を書いたきっかけだという。
 それは、「立ち止まること」のいみと、宮本の(写真を)「読む力」(その精神のあり方)に学ぶ、ということの必要性を、読者に問いかけている。

 「読む力」とは、活字を読む、ということだけでなく、たとえばひとの気持ちを読む、などの、「人間の身体能力全体」のことをいみする。宮本の遺した写真からは、それを学ぶことができるのだ、と佐野さんは、スライドをつかうなどして、せつめいしてくれた。宮本が撮りためた写真というのは、なんでもない風景のなかに人間の意思・生活を読みとった宮本の精神のあらわれなのだ、と。
 
 佐野さんは、ノンフィクションを「小文字で書きつむがれる文芸」だというような表現をする。そして、マスメディアが垂れ流す情報は、おおくが「大文字」のことばだと。「読む力」をひつようとするのは、「小文字」のことばの方だ。ようするに、「小文字」のことばとは、「言語の肉体化」「肉体の記憶」ということなのだ。

 中世から昭和三十年代までの日本は、基本的にはなにもかわらないという。そのふるい日本と高度成長(立ち止まらない時代)のはざかい期に、宮本は、その著作のほか、おおくの写真を撮って、その「ありのまま」を記録したのだ。佐野さんは「国家的財産」だといったが、まさにそうだろう。

 「記憶されたものだけが記録にとどめられる」
という宮本のことばを、佐野さんは
 「記録されたものしか記憶にとどめらない」
といいかえてみせる。宮本常一と佐野眞一のしごとの意味を、そのことばを聴いて、再認識したしだい。

 佐野ファンに朗報。十一月ころ、小泉純一郎について書いた本が刊行予定だそうだ。愉しみだねぇ。 
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by taikutuotoko | 2004-08-28 20:38 | 本・雑誌・新聞・書店

気になる九月の文庫の新刊。

 九月の新刊にも、気になる文庫本がいっぱいだ。

 われらが「ちくま文庫」のラインナップは、すべて気になるといった方がいいので、ここでは省略させてもらって、ほかの文庫から。

 『自動巻時計の一日』(河出文庫/田中小実昌著)
は、ぼくは角川文庫版の古本をこの六月に読んだばかりだが、とっても好きな本だ。この再文庫化はうれしいな。

 『狂人日記』(講談社文芸文庫/色川武大著)
は、福武文庫で出ていたけれど、同文庫はすでになくなってしまったので、こんどはどこからかなぁ、と気にしていた一冊。講談社文芸文庫からかぁ、ちょいと高そうだな。

 『顔面バカー代 アザをもつジャーナリスト』(講談社文庫/石井政之著)
の石井さんは
 『文筆生活の現場 ライフワークとしてのノンフィクション』(中公新書ラクレ/石井政之編著)
を読むまで、よくしらなかったのだけど、気になるところ。

 『湛山除名 小日本主義の運命』(岩波現代文庫/佐高信著)
の佐高信さんは、「辛口」評論家としてしられている。「マンネリ」とかなんとか批判されるけれど、こういうひとは、やっぱり必要だろうなぁ。でもこれ、もしかしたら
 『孤高を恐れず 石橋湛山の志』(講談社文庫)
の改題かもしれない。
 石橋湛山は、「東洋経済新報」でリベラルな論陣をはったジャーナリストで、戦後には政治家に転身、首相までつとめた人物だ。佐高さんは、リベラルな保守政治家をとりあげると、けっこういい本を書くよ。

 その佐高さんへの批判でもしられるのが
 『エースを出せ! 脱「言論の不自由」宣言』(文春文庫/日垣隆著)
の日垣さん。フリーのジャーナリストでは、「エース」格だろうな。

 そのほかでは
 『マガジン青春譜 川端康成と大宅壮一』(文春文庫/猪瀬直樹著)
 『青山二郎の話』(中公文庫/宇野千代著)
 『戦後民主主義のリハビリテーション 完全版』(角川文庫/大塚英志著)
 『中山康樹、ビートルズを聞け』(エイ文庫/中山康樹著)
あたりが気になる。エイ文庫の「エイ」は、木偏に世という漢字を書くけど、出ないんだよ。まいったな。
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by taikutuotoko | 2004-08-28 13:05 | 本・雑誌・新聞・書店