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アメリカ的な「ゆたかさ」について。

 ひとつの国、ひとつの時代のゆたかさ、というものをかんがえるとき、統計・数値からは、なかなかイメージをふくらませることは、むずかしい。ぼくたちは、数字ではなく、そのライフスタイルによって、ゆたかさを実感する。
 
 『シヴォレーで新聞配達 雑誌広告で読むアメリカ』(研究社出版/片岡義男著)
を、読みおえた。一九九一年に出た本だ。

 ライフスタイルというものをささえるのは、大量生産・消費される工業製品や、さまざまなサービスだ。広告は、それらの存在と価値を、消費者にうったえる。これは、そのライフスタイルにぴったりくるものですよ、もしくは、これはあなたのライフスタイルを向上させますよ、というふうに。

 この本は、ある雑誌に連載した、アメリカの雑誌に載っている広告についての文章を、まとめたものだ。まいかい一点の広告を、写真つきでとりあげる。が、そのまえに、まえがきとして
 『雑誌のバック・イシューはタイム・マシンだ(一九四〇年代~現在)』
という、五〇ページほどの文章がついている。

 そのなかで、片岡さんは、こども心に感じた、そのころのアメリカが実現していた途方もない「ゆたかさ」を、体験的に述べ、また、たくさんの広告を参照しながら、アメリカという社会を、歴史的に、記述していく。

 だけれども、そのアメリカが、「時代の質の変化」に「気づいていない」という「一種の悲劇」の時代が、やってくる。それまでの「ゆたかさ」を象徴するものが、たとえば日本製品にかわられていく時代。そしてその日本製品も、あたらしい理念をもったものでなかった、という、二重の悲劇。

 これは、資本主義社会の最高峰であるアメリカの、とてつもない深さと、その病理を、どうじに感じることができる一冊だ。

 そうそう、片岡さんによれば、「シヴォレーは、丁寧に発音するなら、シェヴラレーイだ」そうだ。
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by taikutuotoko | 2004-07-31 22:07 | 本・雑誌・新聞・書店

ぼくのリンク集②。

 おすすめリンク集の第二弾。

 ポプラ社のWEBマガジン。ポプラビーチ
 津野海太郎さんらの、壮大な「本」の実験誌のサイト。本とコンピュータ・ウェブサイト
 水道橋博士の日記がよい。浅草キッドのネット寄席『キッドリターン』
 そのブログ版。博士の悪童日記
 書肆アクセスで働く日常。書肆アクセス半畳日録

 なお、これらのサイトやブログは、ほかの方のブログで、知ることができたものもあり、感謝している。

 
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by taikutuotoko | 2004-07-31 18:50 | リンク集

松田さんのノート。

 江古田のブックオフへ、ひさしぶり(十八日いらい)にいってきた。一〇五円棚は、どうもさいきん、いまひとつ。でも、新刊棚は、「もう、ブックオフにあるわけ!?」っていうような本が、いくつか。
 常盤新平『ニューヨークの古本屋』、斉藤貴男『絶望禁止!』、クラフト・エヴィング商會『犬』『猫』だとか、話題になった綿矢りさ『蹴りたい背中』なども、ならぶ。そのかわり、値段は、半額より、すこし高いけれど。

 ぼくが買ったのは
 『芸術と青春』(知恵の森文庫/岡本太郎著)
が二五〇円。
 あとは雑誌のバックナンバーで
 『編集会議』(二〇〇二・六)
 『編集会議』(二〇〇三・十)
はそれぞれ、一〇五円。
 『SIGHT』(Vol.3、二〇〇〇年・春)
が、二〇〇円。

 『編~』二〇〇二・六月号の総力特集は『企画 虎の巻』。
 「スーパー編集長の頭の中が見える マル秘 企画ノート大公開!」という記事があったのが、購入した理由。だって、「スーパー編集長」は松田哲夫さんのことで、「ちくま文庫」を立ち上げるにあたっての企画ノートが、掲載されているとあれば、ちくま文庫ファンのぼくは見逃せないもの。二〇〇三・十月号にも、松田さんのちくま文庫にかんするノートが。

 『SIGHT』は、『ロッキング・オン』つまり渋谷陽一さんの雑誌で、いまや「反戦」雑誌の雄といわれている。といっても、「思考停止でない反戦」とでもいおうか、藤原帰一さんの
 『「正しい戦争」は本当にあるのか 論理としての平和主義』
も、ここから出している。そのほか、吉本隆明、宮台真司、田中秀征、ビートたけし、といったあたりの文章やインタビューが、興味ふかい雑誌だ。(ぼくは『ロッキング・オン』より、『ミュージックマガジン』派だけど)
 この号の特集は「老いてこそロック」。キース・リチャード、エリック・プラクトンのインタビューなど。 
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by taikutuotoko | 2004-07-31 18:24 | 本・雑誌・新聞・書店

永江さんの「不良」とは。

 永江朗さんと糸井重里さんの対談講演会『体験的コトバ論』に、いってきた。
 『〈不良〉のための文章術 書いてお金を稼ぐには』(NHKブックス/永江朗著)
の、刊行記念イベントだ。会場は、リブロ池袋本店、というか、西武のイルムス館。『ほぼ日刊イトイ新聞』でインターネット中継もされたので、見たひともいるだろう。

 永江さんの本では看板のようになっている「不良のための」だけど、永江さんが、もともと、「不良」ということばから、どんなひとをイメージしていたか、ということについて、ちょっと意外な、それでいて、じつになっとくのいく名前をあげていた。

 それは、鶴見俊輔さんだ、というのだ。努力をして、「不良」になったひとだ、と。ここでいう「不良」といういみは、とうぜん、一般的につかわれるものとは、ちがうが。
 鶴見さんといえば、雑誌『思想の科学』をはじめ、その著書や活動の影響力ははかりしれない。ぼくにとっても鶴見さんは、じぶんの基礎のようなものを、おしえてくれたひとだ。永江さんにとっての「不良」に、鶴見さんの名をあげたときは、ぼくはすこし感動してしまった。

 はなしはかわって。糸井さんといえば、矢沢永吉の『成りあがり』をつくったひとだし、永江さんは
 『インタビュー術!』(講談社現代新書)
の著者だから、インタビューということについて、とても興味ふかいはなしをしていた。

 インタビューイ(取材される方ね)のことばは、そのままつかえる、というわけではない。だから、インタビュアーは、それをまとめるときには、「そのひとのことばを発見する」という作業、つまり、そのひとがじっさいにつかった言い回しではないが、そのひとのことば以外のなにものでもない、というものをつくりだす必要がある、ということだ。インタビューイのことばのいみを「伝える」ということの責任は、このばあい、インタビュアーにあるのだから、と。

 おまけとして、こんなはなしも書いていこう。永江さんによると、推理作家の西村京太郎さんは、原稿を書くとき、腹ばいで、つかうペンは百円のボールペン、なのだという。

 きのうは
 『詩人たちの世紀 西脇順三郎とエズラ・パウンド』(みすず書房/新倉俊一著)
で、きょうは
 『風俗学 路上の思考』(ちくま文庫/多田道太郎著)
を、読みおえた。 
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by taikutuotoko | 2004-07-30 22:55 | 本・雑誌・新聞・書店

意地になって、書店めぐり。

 池袋に、平凡社新書の、ある一冊を買いにいってきた。

 さいしょに、リブロ池袋本店へ。が、見あたらない。しかたないなぁ。そんな感じ。ジュンク堂にいけばいいだけのはなしだもの。なにせジュンク堂だ。しかも、たかが新書。なんの心配もせずに、移動した。

 きょうのジュンク堂、トークセッションは浅羽通明さんのよう。
 『ナショナリズム』と『アナーキズム』(ちくま新書)
の二冊は、ぼくも読んだがじつにおもしろく、話題にもなっている。だからか、「満員御礼」の札がはってあった。
 で、さがし中の平凡社新書が…ない。おもわず店員さんに、「この棚になければ、ないですよねぇ」なんて、きいてしまう。しかたないので
 『文筆生活の現場 ライフワークとしてのノンフィクション』(中公新書クラレ/石井政之編著)
を買った。佐野眞一、武田徹、斉藤貴男、藤井誠二…気になるひとの名が何人も。

 こうなりゃ、意地だ。リブロ東池袋店へ。やっぱり、ない。ついでなので、ちかくの古本屋・光芳書店で
 『シヴォレーで新聞配達 雑誌広告で読むアメリカ』(研究社出版/片岡義男著)
を、八〇〇円で買う。

 新榮堂書店にも。やーっぱり、ない。それでも片岡さんの新刊
 『自分と自分以外 戦後60年と今』(NHKブックス)
がでているのをしったので、よしとしよう。おかねが足りず、買えなかったが。
 新潮社のPR誌『波』をもらって、店をでる。
 あ、東武プラザ館の七階に旭屋書店があったことを忘れていた、と、なぜか小走りに。(やっぱり)ない!

 というわけで、やっとあきらめて、帰宅したというわけ。さっそくイーエスブックスに、注文した。それでも、リブロには西武パルコ店というのがある、ということをリブロのHPでしり、そこにいけばあったのではないか?なんて、バカなことをかんがえてしまう。西口の芳林堂書店が閉店してなければ、なんて。時間がはやければ、電車にのって、新宿あたりにいったかもしれない。
 
 でも、こういうふうに、意地になってさがしまわる、という経験をしたことがあるひとは、けっこういるだろうなぁ。今回のばあい、新書ってのが、くやしいんだよね。
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by taikutuotoko | 2004-07-29 20:33 | 本・雑誌・新聞・書店

「主義」でなく。

 もしかしたら、晶文社史上、さいだいの「犀」なのではないだろうか。カバーにある「犀」のイラスト、それも、タイトルにならって、逆をむいている。装丁は、菊地信義さんで、坪内さんの「あとがき」によれば、菊地さん装丁の晶文社の本ははじめてではないか、ということだ。

 『後ろ向きで前へ進む』(晶文社/坪内祐三著)
を読んだ。のちに坪内さんは
 『一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』(文藝春秋)
で「一九七二年」をあつかうが、この本は「一九七九年」だ。植草甚一さんが、その冬に亡くなっている。坪内祐三、二一歳。

 『植草甚一的なるものをめぐって』
 『生き方としての保守と主義としての保守-福田恆存と江藤淳』
 『一九七二年の「福田恆存論」』
 『東京堂書店のこと』
が、とくに、印象的。

 そういえば、ぼくがもっている、いわゆる「保守派」といわれるひとの著書は、山本夏彦か福田恆存くらいなものだ(福田さんのは、そんなに読んでいるわけではないが)。そして、いまの保守論壇というものに、「保守」の感覚を、ぼくはあまり感じることができない。こんなのが「保守」か?という、違和感すらある。

 ぼくの政治的な立場は、保守とはいえないだろうが、なんとなく、「生き方ないし考へ方の根本」といういみの、「保守」である、ということは、理解できる。べつに、伝統にうるさい、などとはぜんぜんちがういみで。

 それにしても、パソコンで「ふくだつねあり」と入力して変換するのは、やはり抵抗あるし、気をつかうなぁ、どうも。 
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by taikutuotoko | 2004-07-29 01:01 | 本・雑誌・新聞・書店

「クラフト・エヴィング商會」が、いい!

 みらいの本て、どんなふうになっているだろうか。電子ブックが普及していて、紙の本は過去のもの、なんてことにはならないよな、と心配するひともいるだろう。  

 『らくだこぶ書房|21世紀古書目録』(筑摩書房/クラフト・エヴィング商會著/坂本真典写真)
を読むかぎり、みらいにおいても、古風な紙の本は、健在のようだから、安心していい。

 いったいなんのことだ?と、おもわれたひともいるだろう。いや、クラフト・エヴィング商會の仕事場にとどいた、『京都・駱駝こぶ書房製古書目録』という古書目録、これじつは西暦二〇五二年からのおくりもの。みらいにつくられる本が、すでに古本となっていて、「注文はひと月に一度、一回につき一冊を厳守のこと」という条件つきで、手にはいるのだ。そんなわけで、クラフト・エヴィング商會が注文していく「未来の古本」を、ぼくたちもいっしょに愉しんでみよう。

 と、まぁ、そういうしかけの本なんだけど、そのまえに、「クラフト・エヴィング商會」という著者が、ちんぷんかんぷんだ、というひとに、説明しなきゃいけない。

 吉田篤弘・吉田浩美という夫婦のユニットだ、というのがもっともかんたんな説明だけど、それだけじゃ不親切だな。ちくま文庫の、『内田百閒集成』をみたことがあるひとなら、あのカバーデザインが、クラフト・エヴィング商會の仕事といえばピンとくるかな。だから、デザイナー、なのだけれど、本もいろいろ出していて、つまり作家でもあるというわけ。

 まぁ、ぼくも知ったかぶりしているけど、存在を意識したのは
 『クラウド・コレクター [手帖版] 雲をつかむような話』(ちくま文庫)
 『すぐそこの遠い場所』(ちくま文庫)
を読んでからで、ごくさいきんのこと。

 リンクさせてもらっている『読書手帖 / 引用の織物』でも、「〔73〕 クラフト・エヴィング商會」という記事を書いているから、そこを読んでみるといいとおもう。

 『テーブルの上のファーブル』(筑摩書房)
も読んだけど、ほんとうに愉しくてすてきな本だったよ。 
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by taikutuotoko | 2004-07-28 21:29 | 本・雑誌・新聞・書店

「大霊界」よりでかい「大俳優」。

 おもいきって、ついに
 『大俳優 丹波哲郎』(ワイズ出版/丹波哲郎・ダーティ工藤著)
を、買ってきてしまった。税込三九九〇円なり。

 重量が、かなりある。厚さは、はかってみたところ、三センチ六ミリ。丹波さんらしく、じつに、ドンとした一冊だ。

 構成としては、「映画作品スチール篇」「丹波哲郎インタビュー篇」「資料篇」にわかれている。
 「資料篇」は、出演作品とスタッフ・共演者名がずらっとならんでいるものなので(それだけで百ページをゆうに越す分量だ)、「スチール篇」で写真を堪能してから、期待の「インタビュー篇」を愉しむ、ということになる。
  
 なにしろぼくは、丹波さんのトークが、大すきだ。『徹子の部屋』に丹波さんがでる、というようなときは、数日まえから、友人に「ぜひ見なさい」とふれてまわったりした。顔といい、声といい、さいこうでしょう。GHQで通訳をしていた、が、じっさいは…というはなしは有名だが、なんど聞いても、わらってしまう。

 本の帯に「破格の逸品!!」とあるが、まぁ、そうだろうな。いつ読むか、は、気まぐれなので、とうぶんは積読かもしれないけど、買ったということだけで、とりあえずは満足まんぞく。
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by taikutuotoko | 2004-07-28 20:18 | 本・雑誌・新聞・書店

「すてきな場所」。

 まだ若きヘミングウェイが、パリでくらしていたころのはなし。

 本を買うおかねも、まんぞくにないヘミングウェイに、ある日、「すてきな場所」ができた。それは、「シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店」という名の、貸本屋兼書店だった。入会金すらなかったかれに、その店は、後払いでいいと、会員証をつくってくれたのだという。この店のおかげで、かれはたくさんの文学書を読むことができた。

 ぼくが、きょう、いっきに読んでしまった
 『ヨーロッパ 本と書店の物語』(平凡社新書/小田光雄著)
に、このエピソードがでてくる。
 
 「すてきな場所」。
 
 じっさい、この書店は、おおくの芸術家たちがつどう場所となり、「特異な現代文学史・文化史が形成されていく」ことになる。また、出版のあてのなかった、ジョイスの『ユリシーズ』を出版したのも、この書店だった。その書店が、そして店主のアメリカ人女性シルヴィア・ビーチが、このあと、どのような運命をたどるか、は、読んでほしいので書かない。

 紹介したぶぶんは、十二章あるうちの、ひとつの章の一部でしかない。 
 『ドン・キホーテ』の成立がいみする「活字中毒者の誕生」から、ペーパーバックの誕生による本の大量生産の時代へという変化までを、この本はたどっていくことになる。
 
 「本と書店の物語」は、ときには、いっしゅんの輝きを、ぼくたちにみせてくれる。だが、それが、どれだけ困難であるか。これを読んだひとは、呆然となるかもしれない。

 『書店の近代 本が輝いていた時代』(平凡社新書)
は、おなじ著者による、この日本編だ。

 さて、書店についての本を読んだ日に、ブックオフで買い物ではもうしわけないが
 『風俗学 路上の思考』(ちくま文庫/多田道太郎著)
が、二五〇円で。
 『くっすん大黒』(文藝春秋/町田康著)
 『屈辱ポンチ』(文藝春秋/町田康著)
 『夫婦茶碗』(新潮社/町田康著)
は、いずれも一〇五円棚から、買った。 
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by taikutuotoko | 2004-07-27 23:35 | 本・雑誌・新聞・書店

いまのオーナー、むかしのオーナー。

 数日まえ、スポーツ新聞各紙の一面をかざった渡辺恒雄さんの写真には、まったくやられてしまった。パイプ(葉巻だったかな?)が、じつに印象的な、いかにもなポーズ。絵にかいたようなワルモノぶりで、おもわず感心してしまったもの。

 雑誌を立ち読みしていたら、『週刊プレイボーイ』(八月十日号)表紙の
 「ナベツネだらけのギャグ漫画祭り」
という文字が目にはいって、おもわず手がのびる。ほんの数ページしかなく、漫画そのものも、紹介するほどおもしろいものではないけれど、こういう企画、というかこのタイトルが、「週プレ」らしいなぁ、とおもって、愉しめた。

 とにかく、いろんな雑誌にナベツネさんがあつかわれていて、『AERA』(八月二日号)も、そのひとつだが、その記事のなかで、ぼくも読んだことのある
 『渡邉恒雄 メディアと権力』(講談社文庫/魚住昭著)
が紹介されている。いい本だから、ぼくからもオススメだ。

 読売新聞についてしりたければ
 『巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀(上・下)』(文春文庫/佐野眞一著)
が、たいへんな労作で、すばらしくおもしろい。プロ野球史についても、この本はくわしいから、タイムリーな一冊だろう。正力松太郎がいま、ジャイアンツのオーナーだったら、どう動いていただろうかと、つい、かんがえてしまう。

 それにしても、大江健三郎さんが読売新聞のCMにでていたのには、おどろいたなぁ。
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by taikutuotoko | 2004-07-27 19:51 | 本・雑誌・新聞・書店