2004年 09月 29日 ( 2 )

晶文社のほしい本。

 帰りに、池袋のジュンク堂へ寄ってきた。

 出たばかりの
 『私の神保町』(晶文社/紀田順一郎著)
を購入。カバーは、小宮山書店のなかで本を抱えた紀田さんの写真だ。

 本に挟まれている「晶文社の読書案内(『私の神保町』読者のために)」、ちいさな目録のような紙だけど、ここに掲載されている十五冊のうち、ぼくがもっているのは四冊だけ。

 もう、紹介文を読むだけでウズウズしてくる本がならんでいて、こんどはどれを買おうかなぁという感じ。とくに気になるのは
 『彷書月刊編集長』(田村治芳著)
 『古本屋 月の輪書林』(高橋徹著)
 『雑読系』(坪内祐三著)
 『東京本遊覧記』(坂崎重盛著)
あたりだろうか。ほんとは、ぜんぶ気になるんだけどね。

 
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by taikutuotoko | 2004-09-29 21:29 | 本・雑誌・新聞・書店

父の書棚。

 著者が〈阿佐ヶ谷の金木犀のある家〉に住まい、乱歩や漱石、少女小説、岡本綺堂の『半七捕物帳』などに読みふけって暮らしたのは、九歳だった昭和十八年までのこと。花は香り、迷宮へといざなった。
 
 『花迷宮』(新潮文庫/久世光彦著)
を読んだ。内容は、“物語風エッセイ”と表現されている。しっくりくる。
 本というかたちで久世さんのものを読んだのは、はじめてだ。ヤラれた。久世光彦には、ハマってしまうかもしれない。

 久世さんの読書の記憶は、こっそり隠して読んだ『新青年』のなかの、横溝正史「真珠郎」にはじまる、という。五つの子供なりに、この物語に、〈感じた〉のだと。
 〈だから親は心した方がいい。燃やし忘れた一束の古雑誌が一人の子供の心に薄暗がりの愉しみを囁き、蛍火の妖美を語りかけ、そしてその子は目を中空に泳がせて出口のない花迷宮へと迷い込んで行くのである。〉

 久世さんは、兄姉のものはもちろん、(職業軍人であった)父の書棚の本も、たいてい読んでしまった。それらの本は、父によって読まれた形跡が、ほとんどないものばかりだったという。それでいて、文学全集はもちろん、句集から、獅子文六に吉屋信子、相馬御風、賀川豊彦、徳富蘇峰、はてまた佐野学まで、とにかく雑多にならんでいた。
 
 〈あのころの父親はみんなそうだったのだろうか。書架に立派な本を並べ、大切そうに取り出してパラパラとページをめくり、満足そうにうなずいてまた元のところに戻す。そして、実際それらの本を盗み読みしていたのは早熟な娘や息子だった。〉
 その早熟なこどものひとりが、向田邦子であり、久世光彦だったのだ。

 ここで、この本の紹介から、はなしをうつさせてもらう。

 あなた(つまり、これ読んでくださっているあなた)が、ちいさいころの、父(べつに母でもいいが)の、あるいは家の書棚には、どんな本があったか、おぼえているだろうか。

 母は雑誌くらいしか読まなかったから、父の書棚のはなしになる。我が家には、本がなかった。ないわけではないが、そういうものではなかった。ぼくは早熟な子ではなかったけれど、中高生になってから読むような本も、ほとんどなかった。
 父の書棚にあるものは、しごとにかかわる法律の本だとか、手話やロシア語の学習テキストなどだった。行政六法のようなものばかりで、迷宮にさそってくれるようなあやしげな本は、まったくなかったと記憶する。
 
 だから、すこし背伸びをしようにも、じぶんで本を買うか、借りてくるかしなければならなかった。それがまさに背伸びであったために、書店のオヤジだとか図書館員といった大人たちに、背伸びでえらんだ本を知られるのが、とてもはずかしく、こわかった。そのことが、読書について、ぼくをずいぶんと奥手にしたとおもう。

 だから、父が、日本古典全集のようなものをそろえだしたときは、おどろいた。それ、どうするの、と聞くと
 「定年退職したら、じっくりと読むんだ」
と、うれしそうに答えたのが、とても印象にのこっている。 
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by taikutuotoko | 2004-09-29 03:29 | 本・雑誌・新聞・書店