中条さん、書評を語る。

 既存のメディアの、書評の評判が芳しくない。
 ふるい雑誌だけど、安原顯独断編集という季刊『リテレール』創刊号(一九九二年・夏)は、「書評の快楽」という特集だった。作家や学者六十二人が書評についてのコラムを書いていたりするのだけど、それを読んでいると、「快楽」というより、書評にたいする不満が目立った。さいきんでは新聞書評の影響力もグッとおちたというではないか。

 池袋のジュンク堂での、中条省平&斎藤宣彦さんの
 『書評とは何か?ネット書評のあり方について』
というトークセッションにいってきた。
 『熱い書評から親しむ感動の名著』(すばる舎/bk1with熱い書評プロジェクト著)
は、オンライン書店「bk1」に投稿されたネット書評を何本か載せた本で、その刊行記念イベントだ。
 『名刀中条スパパパパン!!!』(春風社)
など、紙媒体の書評で活躍する中条さんと、「bk1」の斉藤編集長が、書評について興味ふかく語って、あっという間に時間がすぎてしまった。

 発言は意訳だけど、斉藤さんが、「ネット書評はなんといっても反応がはやい。きょう出た本の書評がもう掲載されたりする」というような話をすれば、中条さんが「紙媒体では、煮詰める時間がもてる。瞬時に公開できるネット書評では、速度が内面を追い越してしまう面もある」と指摘、ん~たしかに。

 中条さんは、小説を読むということは、読むことを信じること、受け入れることだ、といった。「夢遊病者」のように、その世界にただよい、おもしろさをみつけていくことだ。だから、つまらなかったり、おかしなところのある小説では「憑依がさめ」てしまう。
 逆に、哲学書などを読むときは、「著者とのフェンシング」だという。

 もっとも重要なことは、なにか。書評では、そんなに文字数がつかえない。インパクトをあたえる(その本を読みたくさせる)ためには、ほんとうに「ここだ」というところを、ひとつ、指摘すればいい、ということだった。(ん~、ついつい詰め込んでしまうぼくの文章がよくない理由だな)

 ほかにも興味ふかい話がいっぱいだったけど、おわりにしよう。千円はらって参加した特権だな、あとは。
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by taikutuotoko | 2004-07-16 01:08 | 本・雑誌・新聞・書店


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