故・山本夏彦さんのコラムの要素が、この一冊にすべておさめられているといってもいいんじゃないか。しかも、「自分を語るふりをして結局言論と出版の百年小史を書くつもり」の一冊とあれば、こんなに興味ふかい本はない。
ひさしぶりに
『私の岩波物語』(文春文庫/山本夏彦著)
を、読みかえした。といっても、文庫化が一九九七年だから古い本ではない。
この本は夏彦さんの工作社、つまり雑誌『室内』の出版社の、「社史」なのだけれど、なにせ《社員でさえ読まない本「社史」》だから、ふつうの「社史」なんて書かない。それがつまり、「自分を語るふりをして結局言論と出版の百年小史を書くつもり」になるわけで、これを「社史」というのは、夏彦さんが「ただ自分が直接または間接に経験したことに限って述べ、調べただけで書くことはしませんでした」ということだからだ。
「室内」、岩波書店、講談社、花森安治の「暮らしの手帖」、広告、山本実彦の改造社、紙、筑摩書房、印刷、製本、取次・・・などなど。この本でとりあげているものは、出版にかかわるものすべてといっていいだろう。
夏彦さんは、どんなことも一行でいってしまうひとだ。まぁ、一行ではコラムにならないし、わからない人にはちんぷんかんぷんだから、コラムの長さになる。それでも、わからない人には、最後までわからないままだけれど。
「人は金より正義が好きだ、ことに金に縁のないひとは好きだ」
「私はまじめな人、正義の人ほど始末におえないものはないと思っている」
「人の患いは好んで人の師となるにある」
「広告はうそをつくというが記事ほどはつかない」
「人みな飾って言う」
「世はいかさま」
これらはこの本から少し拾ってみたものだけれど、これらは夏彦コラムの観方として、読者ならばおなじみのものだろう。
ぼくは夏彦さんのコラムの読者だし、そこに書いてあることは、すっとわかる(どのくらいわかっているかは、しらない)。ただ、わかるからといって、「そのとおり!」と手をうつものでもない。どうしても苦笑しながら、読むものだ。ほかのいわゆる保守派の論客といわれている人の本をぼくは好まないが。
解説で、久世光彦さんは、この本に書いてあることは《知識》でなく、《思い》だと書いている。いぜん紹介した『時代を創った編集者101』などでは埋められないものが、この本にはある。
しかし、この本にでてくる夏彦ファンの女子校生というのは、正直きもちわるいなぁ。
『花森安治の編集室』(晶文社/唐澤平吉著)
を、あわせて読むといいかもしれない。
きょうは池袋の古本屋で
『弧狸庵VSマンボウ』(講談社文庫/遠藤周作・北杜夫著)
『ちょっとピンボケ』(文春文庫/ロバート・キャパ著/川添浩二・井上清一訳)
『ターザンが教えてくれた』(角川文庫/片岡義男著)
『個人的な雑誌1』(角川文庫/片岡義男著)
『個人的な雑誌2』(角川文庫/片岡義男著)
をあわせて二一〇円で。
店をかえて
『メイドインジャパンヒストリー 世界を席捲した日本製品の半世紀』(徳間文庫/武田徹著)
が二九〇円だった。