再読、『ロッパの悲食記』。

 ひさしぶりに
 『ロッパの悲食記』(ちくま文庫/古川緑波著)
を読みかえした。やっぱり、記憶はあてにならなくて、ずいぶんと思いちがいしていたみたい。
 まず、本の構成だけど、記憶のなかでは、七八割が戦時中の日記で、のこりが食にかんするエッセイだったとおもっていた。だけどじっさいは、日記とエッセイが半分はんぶん。しかも日記は、昭和十九年のものと、昭和三十三年のものにわかれていた。昭和十九年の日記を「悲食記」、エッセイを「食談あれこれ」、昭和三十三年の日記を「食日記」として、三章にわかれている構成だ。

 ぼくがつよい印象をうけたのは、「悲食記」のところだ。だから、記憶のなかの『ロッパの悲食記』では、その部分がほとんどをしめていたとおもっていたんだけど、実際のページ数は全体の三分の一だった。
 
 「悲食記」のなかのロッパは、たしかにすさまじく食べている。たとえば一月十三日。
 「ポタージュ、ビーフシチュウ、カリフラワーのクリーム煮、ビフテキ、カツレツ、そして、ライスカレー、これだけ皆食った。」
 また三月四日は
 「ボタアジュ、ビーフシチュウ、ポークカツレツ、ハムバーグ、ビフテキと、続けさまに食った。」
 昭和十九年とは一九四四年、終戦の前年のはなしだ。

 だけど、ぼくが先日書いたような「戦時中、ロッパがひたすら食いまくるその記述に、なにかおそろしいものすら感じる」というのとは、やや感じがことなるようだ。それは、すごいのは、食う分量ではなく、その執念であるということだ。味が変わったとか、調理のしかたがどうとかの話になってしまう戦後の日記とくらべて、まず、食材がない。ロッパの好きな、脂っぽいモノ、ドシンとくるようなものを食うのは、なかなかたいへんなのだ。だから、食事の記述には、なんだか痛切なものを感じる。一般のひとたちはもっともっと大変なはずだけど、それとはまたべつの、食については贅沢をしなければ生きていけないような男の、逆境のなかの鬼気迫る贅沢の記録、という感じだ。

 食とは離れるが、戦時の日記ならではの興味ふかい記述もおおい。
 あるひとから
 「新聞社の人にきいたんだが、大戦果が、今のところ伏せてあるそうだ。(中略)今、それを発表すると、疎開、貯金等の邪魔になるので、隠してあるんだ」
という話をきくが、翌日には、新聞に
 「大戦果が隠してあるなどのデマにまどわされるな。敵の謀略だ」
との軍人の談話が載る。
 ひとびとの、戦況への不安、不満、希望が、「大戦果」のうわさをうみだし、それを軍人が否定する、というかたち。
 また、一座の舞台には
 「尚、今回より、警視庁命令で、マイクロフォン使用を禁ぜられる。その理由、マイクは、米英的だから、いかんというのだ」
ということでマイクなしで歌うはめになったりするのだ。

 「食談あれこれ」や「食日記」も、それなりにおもしろいが、「悲食記」がだんとつで、自選「ちくま文庫三〇」には、その部分だけだったらはいるかもしれない。ということは
 『古川ロッパ昭和日記・戦中編』(晶文社)
はそうとうにおもしろいのかも。分厚い本で、古本屋で見かけたので手にとったことがあったけど、値段がずいぶんしたとおもう。その他、戦前、戦後、晩年篇がある。

 そうだ、解説の前には「跋に代えて」があり、なんと小林信彦だ(まったくわすれてた)。なかでも
 「この本の中で圧倒的なのは、昭和十九年の日記抄である。戦争末期としては、とてもゼイタクなのだが、それでも、なにか悲しい。」
の二行は、なんだ、ぼくのうだうだいってきたことなんか必要ないじゃないか、というくらい、この本をいいあらわしている。じゃ、さいごに、もうひとこと小林さん
 
 「食べ物の本は、ちかごろ、数が多いが、これほど壮絶なのは珍しい。緑波というコメディアンを知らなくても、この本を読んで、びっくりする人が多いのではなかろうか。」
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by taikutuotoko | 2004-06-23 22:30 | 本・雑誌・新聞・書店


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