東京brary日乗
によると、一一月二三日は「一葉忌」なのだそうだ。はずかしながら、樋口一葉の小説を読んだことがないこともあり、それを知らなかった。ところが偶然にも、きょう(二三日)読んだのは
『一葉からはじめる東京町歩き』(実業之日本社/坂崎重盛著)
だ。一〇月に出たばかり。
〈散歩に不可欠なのは想像力、イメージする力です。〉
と、坂崎さんはいう。
そこでお出ましねがうのが、東京の町の風景・佇まいがみごとに取り入れられている小説・エッセイの一節。名文によって、その町のイメージをつかみ、さらに膨らませよう。そして町を歩こう。そういう一冊だ。
たとえば、一葉の『たけくらべ』によって、その舞台、竜泉・千束を。乱歩によって、D坂、つまり団子坂を。独歩や花袋によって、水車のまわる「武蔵野」であった渋谷を。植草甚一によって、ジャズ喫茶の似合う新宿を。
まぁ一種の文学散歩だが、案内人が町歩きの達人だけに、けっこうつかえる散歩ガイドになっている。取りあげられている作家たちも多彩な顔ぶれだが、タイトルにとくに「一葉」の名が付されているのは、一葉ブームだからだろう。
むかしは隅田川もずいぶんときれいであったのだなぁ、とわかる、すてきな文章があった。芭蕉の『奥の細道』のスタート地点、新大橋あたり。
冬、いやもう春だったろうか、新大橋に一艘の船。散歩中の鏑木清方が何心なく覗いてみると。
〈勿論漁師らしい人はいましたが、船には魚籃も見えません。何をすくうのかしらと立ちどまって見ていますと、間もなく鏡を張ったような四つ手網が引き揚げられました。船へ敷いた荒筵の上で網を振るうと、水晶が散るかと見えて小さい魚が零れます。魚というよりは網の雫と紛うような、それは白魚であったのです。〉
鏑木清方の『大橋の白魚』である。ん~、鏑木清方の文章をもっと読みたくなってしまうなぁ。
そうそう。本書の特徴としては、鷗外の『青年』に
〈二三歩すると袂から方眼紙の小さく折ったのを出して、見ながら歩くのである。〉
というカタチで登場する、鷗外立案の『東京方眼図』という地図がついているのだ。むかしの地図というのも、じつに想像力を刺激するものだよね。
おなじころに刊行された、坂崎さんのもう一冊の新刊
『TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩』(朝日新聞社)
も、どうぞ。