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山藤さんと小林さん。

 山藤章二さんと、小林信彦さんをくらべてみると、ちょっとおもしろい。

 イラストレーターの山藤さん(一九三七年生まれ)も、作家の小林さん(一九三二年生まれ)も、東京のひと。やはり共通点といえば、「芸」にうるさい、ということだろう。

 山藤さんは、立川談志さんや高田文夫さん、そしてその周辺のおおくの芸人たち、「東京の」というくくりかたでもいいのかもしれないが、そのヘンとふかくつきあい、それこそ「寄席山藤亭」の席亭、なんていうことまでやるという、世話見のよさをみせている。

 小林さんのばあい、そんなことは、まずありえない。芸人とつきあうにしても、「個人」としてのつきあい、というものだ。また、「芸」はすきだが、「芸人」とは距離をおく、というところがある。談志さんについては、落語家としてはあまり評価せず、(小林さんが大好きだった)故・古今亭志ん朝さんのライバルだったとは、みとめていないようだ。

 『道化師のためのレッスン』(白夜書房/小林信彦著)
を読んだのだが、糸井重里さんとの対談のなかで小林さんは
 「談志は、控え目にいえば、ちょっと理解できないんです。(略)あの人は、僕は落語家よりも、応援団というか。」
といい、糸井さんが、某日と某日の談志さんの落語がすごかったと山藤さんがいっていた、というはなしをしたところ、小林さんは
 「山藤さんは、感動しやすいんです(笑)。芸人に対しては、つねに、一つ身を引いていないと……。」
と、いっている。

 そういえば、「忠臣蔵」にたいしても、対照的だ。
 山藤さんは、吉良は悪者、浅野はかわいそう、そして大石たちはアッパレだ、というものでなけりゃやっぱりイケナイ、というようなことを、どこかに書いていたようにおもう。
 それが、小林さんだと
 『裏表忠臣蔵』(新潮文庫)
になってしまう、というわけだ。

 もっといろんな事例をあげることも可能だが、やめておこう。なぜ、このふたりをわざわざ比較したのか、ということをいえば、それはふたりの性格のちがい、だけでなく、「芸」または「芸人」というものにたいする、町っ子の、接し方のあり方の、両極なのではないか、というふうにおもったからなのだが、どうだろうか。

 『道化師のためのレッスン』は、一九八四年刊。巻末の「小林信彦自筆年譜」では、この本を〈中仕切りの書〉と位置づけている。
by taikutuotoko | 2004-09-16 23:17 | 本・雑誌・新聞・書店


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